伊福部昭 日本組曲

伊福部 昭は北海道の釧路に警察署長の息子として生まれ、道内を転居する中でアイヌの人々との交流もあり、彼の人生(音楽)に大きな影響を及ぼします。
札幌の高等学校入学後、交友環境から芸術、音楽に目覚め、独学をはじめます。現代音楽の潮流を受けつつ、自身で作曲を試み北大学生時代の20歳(1934年)に第1作のピアノ組曲「日本組曲」を創ります。これをその作風に共感を抱いていたスペインの作曲家コープランドに贈ったところ激賞され、後にはヴェネツィア現代音楽祭に入選、自信をもつと、卒後林野庁につとめる仕事のかたわら作曲活動に没頭し、管弦楽曲をはじめ多彩な音楽分野で活躍、作曲家として自立後は日本を代表する大立者となります。とくに戦後は映画音楽においても大きな存在となり、(300本強の作品)その代表作が「ゴジラ」です。 本日は「日本組曲」を1991年に委嘱を受け、伊福部自身の手で編曲され、井上道義指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団により初演された管弦楽版全曲を西日本初演で演奏します。 
第1曲「盆踊」は冒頭、太鼓の激しいリズムを全奏し、囃子の笛がフルートやヴァイオリンにより奏されます。太鼓リズムが様々に変容しつつ繰り返され最後に熱狂的な踊りに盛り上がります。 
第2曲「七夕」は、たゆとう旋律が変奏されていきます。夏の夜空に天の川が流れ、2人の逢瀬が奏されます。 
第3曲「演伶(ながし)」は新内節(江戸浄瑠璃を吟じつつ街を流し歩く)のイメージを音楽にしたもの。踊りの音楽に続き歌謡部分が奏され、中間部はリズミカルな展開です。 
第4曲「佞武多」は伊福部が大学時代に見物した、ねぶた祭を音楽にしたもの。重々しい行進曲は徐々に盛り上がり、壮大なクライマックスを迎えます。