ショスタコーヴィチ 交響曲第5番


ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

かつてのソビエトを代表する作曲家のみならず、20世紀を代表する天才ショスタコーヴィチは1906年にペテルブルグで生まれ、幼少より音楽の才能を発揮、生地の音楽院でピアノと作曲を学び、卒業作品である「交響曲第1番」(1926年初演)は全世界を驚嘆させるものでした。時代はロシア革命後、ソビエト社会主義建設時期、彼の音楽人生はこの政治状況との関係が表裏一体となって、1975年にその生涯を終えるまで続くのです。青年ショスタコーヴィチはロシア伝統音楽の継承というより、20世紀の新しい音楽の潮流にのって、革新的音楽を模索する中で、様々な表現をこころみ、独自の音楽スタイルを確立させていきました。あわせて政府肝いりで政治賛美、労働者賛美の音楽をも多く作曲していきました。しかしスターリンが指導者となると、社会は独裁的、かつ閉塞的な時代に突入し、音楽に求められるものは即政治という状況に、1934年に作曲されたオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が退廃的、反社会主義というレッテルを貼られ、彼自身粛清の危機に瀕します。そこで失った名声回復のために作曲されたのが、この「交響曲第5番」なのでした。作曲は1937年行われ10月に若手筆頭指揮者ムラビンスキー(その後彼はソビエトのみならず世界に冠たる指揮者となります)、レニングラードフィルハーモニーにより初演され、圧倒的な歓呼で迎えられ、大成功。ソビエト政府も国民の役に立つ音楽家として認め、ショスタコーヴィチは復権を果たすのです。 
第一楽章、「この交響曲のフィナーレは第一楽章に課されたすべての問いに対する答えである」とショスタコーヴィチは語っています。冒頭は低弦と高弦によるカノンで模倣する主題がこれから重要な役割を担います。続いてヴァイオリンにより物憂げな第2主題が奏され、この二つの相反する性格の主題が曲を二つの方向に広げていきます。やがてすり足を思わせるリズム動機の上にアーチ形の副主題がヴァイオリンによって美しく歌われます。引き継がれた木管によって一定の収束をみると、展開部は低弦とピアノの重々しい歩行に導かれホルンが第2主題の拡大形が奏され、金管が咆哮をはじめます。そしてトランペットのファンファーレで行進曲へと移行、さらに音楽は激していき二重対位法的カノンに金管による副主題がさらに感情を高ぶらせ、楽章のクライマックスを形作ります。その後は弦による先ほどの足どりに、木管による美しい旋律がかわされると最後は独奏ヴァイオリンが歌い、チェレスタのほの暗い音のきらめきで感銘深く締めくくられます。  第二楽章は伝統的なスケルツォです。まず低弦によりユーモラスな主題が起こります。木管がこれに音階進行を強調して答え、舞踊的なリズムによる主題が提示されます。そしてホルンによる輝かしい主題をはさみ、発展していきます。中間部はハープ伴奏で独奏ヴァイオリンによるおどけた踊りが披露されると木管がこれに呼応、再現部は主題を異なった楽器編成によって合奏の後、オーボエにより中間部が少し回想されると力強く曲は閉じます。  第三楽章はショスタコーヴィチ自身渾身の出来と語っているように、清澄な中に深く抒情的情緒がたたえられ、人の悲しみや激情が告白された傑出した音楽が創造されています。オーケストラパートもヴァイオリンを3群、ヴィオラ、チェロそれぞれ2群とし、精妙で透徹な音楽を表現しています。冒頭第3ヴァイオリンにより悲しく思索的な主題が奏されると弦楽により音楽は思いを一つにして響きあい進み、続いてハープの上にフルートが叙情あふれる第2主題を歌います。弦による変奏の後オーボエによって第3主題があらわれ木管によって継がれます。次いで徐々に音楽が高まると第1主題後半のテーマを強奏しクライマックスへと向かい、そのエネルギーを残しつつチェロが怒りと激情の込めて第3主題を奏します。その後緊張はゆっくり解けていき、静寂な音世界に還っていきます。  第四楽章は問いに対する答え、ショスタコーヴィチは「人生肯定の楽天的プランに解き放つのだ。」と述べています。冒頭、ティンパニの強打に続き管楽器によるダイナミックな主題が奏され行進曲が提示されます。この楽章は主この主題およびその変形によって構成されています。主題の展開が進み葛藤、戦闘が行われた後、英雄を思わせる第2主題が木管、高弦によって奏され、中間部クライマックスを形作ります。急速に収まると美しいエピソードがヴァイオリンにより歌われ、叙情的瞑想的情景が続き、消えゆく中から打楽器によって行進曲が遠くから戻ってきます。木管によって第1主題が柔らかく歌われ以後調性を変えて、主題が姿を現してきます。弦と木管による力強い連打音にのって金管群が人間の肯定的エネルギーを世界に向けて解き放つように高らかに奏し、全曲終結します。
この曲はショスタコーヴィチ最大の成功曲のみならず、以後の音楽界に及ぼした影響力も強いものがあります。なお副題として「革命」と称されていることもありますが、彼自身によるものではなく、曲イメージから他者によって戦略的に付けられたものです。また政治、社会との関係性が強く指摘され、作曲家自身が音楽に込めた暗喩が今もって議論されるなど、謎に包まれていて現代に生きる私たちへの問いかけを迫る音楽です。